【上村裕是のBlog】医療過誤判例の流れー因果関係について
医師が患者に対して行った医療行為が医療水準に則ったものではなかった場合(過失がある場合),患者本人やその遺族は当該医師や病院に対して損害賠償を請求できる可能性があります。
しかし,医師の過失さえあれば当然に損害賠償が認められるものではなく,過失に加えて,当該過失によってその結果(死亡や後遺症)が発生したといえるだけの関係,すなわち因果関係が原則として必要です。
最高裁は,訴訟上の因果関係について「特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性」としています。この「高度の蓋然性」があるということの立証のハードルは高く,患者側にとって大きな負担となっていました。
いくら過失の程度が重くても,「高度の蓋然性」がない限り一切損害賠償が認められないのでは患者の救済という点から問題がありました。そこで,判例は,医療水準にかなった医療行為が行われていたならば患者がその死亡の時点においてなお生存していた(後遺症が残った場合にはその後遺症が残らなかった)「相当程度の可能性」がある場合にも医師や病院の賠償責任を認め,高度の蓋然性が立証できない場合にも救済できる範囲を広げました。この「相当程度の可能性」とはどの程度をいうのか明確には定まってはいませんが,救命可能性が20%以下でもこれを認めた判決があります。ただし,「相当程度の可能性」で認められる損害は慰謝料だけであり(判決に至った場合には一部弁護士費用も含まれる),その額も通常は数百万円程度にとどまることは留意すべきです(「高度の蓋然性」が認められる場合には数千万円を超えることが通常です)。
では,「高度の蓋然性」も「相当程度の可能性」も認められない場合には,患者は一切救済されないのでしょうか。最高裁は,この場合においては,問題となっている医療行為が「著しく不適切なものである」ことが,適切な医療行為を受ける期待権の侵害を理由とする損害賠償を検討するための前提であると判示しています(最判平成23年2月25日)。つまり,単にその医療行為に過失があるだけでは直ちに医師や病院に賠償責任が生じるものではなく,その医療行為が「著しく不適切なものである」ことが最低限必要で,しかもそれに加えて賠償責任を正当化するだけの要素も満たしている必要があります。地裁レベルではありますが,電話連絡の過誤が原因で輸血の緊急手配が30分程度遅れたケースにおいて,「著しく不適切な処置」に該当するとし,更には結果が死亡という重大なものである等の事情からして慰謝料請求権の発生を肯認し得る違法行為と評価できるとして,60万円の慰謝料を認めた判決があります(大阪地判平成23年7月25日)。
以上をまとめると,過失がある場合に医師や病院に損害賠償責任が発生するのは以下の3つの類型に分けられることになるでしょう。
①高度の蓋然性がある場合
②高度の蓋然性はないが,相当程度の可能性がある場合
③高度の蓋然性も相当程度の可能性もないが,問題となっている医療行為が「著しく不適切」でその他の事情からも慰謝料請求の発生を正当化できるだけの違法と評価できる場合